【院長先生に聞いてみた】宗像 俊太郎先生 あさか台動物医療センター(埼玉県朝霞市)院長
獣医療があったから今のお前がある
あさか台どうぶつ医療センターの元となる宗像愛犬病院を開業した父の時代は、飼い主さんの家に往診に行くと玄関ではなく裏口に通されていました。今では考えづらいですが、それほど獣医師の社会的地位は低かった。それでも父からは「獣医療があったからこそ今のお前がある。したがって、獣医療に恩返ししなさい」とよく言われていましたね。
獣医師1人の病院からスタート
父の病院を承継した時は獣医師は私1人、看護スタッフは1人、待合室の椅子は3つ。こんな状態ですから飼い主さんの数もそれほど多くはありませんでした。ただ、夜寝る時は枕元に電話を置き、何かあればすぐに対応する日々。経済的にも余裕がなかったためHPは自作し、できることはなんでも自ら対応していました。
私ができることは、まずは地域への貢献
父の「業界のために尽くせ」という言葉は常に私の胸にあり、まずは地域のために尽くそうという想いを持っていました。当院ができることは地域の飼い主様のために、より良い医療を届けること。その考えから、医療機器設備への投資、個人・チームの医療水準向上、人材確保、飼い主様への啓発活動に取り掛かりました。スタッフが10名を越してきてからは組織開発や私個人の医療水準向上、学術団体への支援などに少しずつ力を入れられるようになりました。40歳の時には、念願だった博士の学位を取得することもできました。
地域への貢献と業界への貢献
現在は日本動物病院協会の会長職や埼玉県獣医師会の副会長職、日本獣医麻酔外科学会の理事職などの役職をお預かりさせていただいていますが、私の脳裏には常に父や業界のために貢献してきた諸先輩方の姿があります。獣医師や動物病院をより良くするにはこの業界にいる私たちがやるほかありません。過去の先輩たちの努力があるからこそ、今の私たちがある。業界をより良くする、という想いを乗せたバトンが綿々と受け継がれるように、微力ながら私ができることは精一杯お力添えさせていただく覚悟です。
動物も人も、一緒に幸せにしたい
動物と暮らす幸せは皆さんもご存知の通りだと思います。犬猫の飼育頭数が減少傾向である動物病院業界のためにも、飼い主さんのためにも、動物たちのためにも、日本版ティアハイム(保護施設)を作りたい。これが今の私の目標です。日本では犬が入れるカフェを「ドッグカフェ」と呼びますが、ドイツなどでは動物と入れるのが当たり前であるため、そのような言葉は存在しません。「よりアニマルフレンドリーな社会の実現」この目標の実現のためには想いだけでは実現できないと考え、2年前から経営学修士(MBA)の勉強を始め、今年の10月に学位を取得しました。これまで培ってきた知見と仲間たちの力も借りながら、これからの時間を業界のためにより費やしていきたいと思っています。
私が大学生の頃
大学では放射線学研究室に所属し、研究室の新歓での同期との一コマです。研究室の同期との関係は今でも続いています。
お仕事中の一コマ
大学院で外科分野を学んだのですが、とりわけ整形外科分野が得意です。他院からの紹介症例を担当することも少なくありません。
休日の一コマ
仲間と神宮球場に野球観戦へ。北大時代はラグビーをやっていたこともあり、チームスポーツが好きです。2019年ラグビーW杯日本大会では、日本戦は全てスタジアムで観戦しました。
PROFILE
北海道大学農学部卒業後、麻布大学獣医学部編入。卒業後は藤井動物病院(神奈川県)での勤務を経験し、父が経営するあさか台動物病院を継承する形で独立。日本獣医生命科学大学にて博士(獣医学)取得。現在、日本動物病院協会会長、埼玉県獣医師会副会長、日本獣医麻酔外科学会の理事等を務める。日本獣医生命科学大学獣医外科学教室所属大学院特別研究生。
プロフィール
名前 | 宗像 俊太郎 |
---|---|
病院名 | あさか台どうぶつ医療センター |
職種 | 獣医師 |
出身校 | 北海道大学 |